〈日々録〉ひびろく

日々の記録。発達障害やうつ、カウンセリングの記録。気分変調性障害、人との関わりが持てず引きこもり気味です。包み隠さず話します。

最近のこと

結局パートを始めて1年が経った。

きつさは変わらない

生きていることがつらい

具体的に何かが自分で分からないからつらい。

周りと自分は何か違う。

うまく成長出来てない、

自分だけ檻に入って

ずっと同じところで止まっているような

感じが続いている。

なぜ?どうすればいい?

それがわかったら

既に行動しているし

今、歳下に敬語を使ってへこへこすることも

彼氏に理不尽に当たり散らして怒られて自分と周りの人を恨むことも

自分自身に絶望して責めつづけて

攻撃することも

感情が暴走して行動がはちゃめちゃになり破滅することも

防げているだろうに。

24年生きてきたが、

やっぱり前と変わらず

もう、生きるのはこりごりだという気持ちしかない。

自分自身に対しての

憤りや不甲斐なさや罪悪感などで

心がいっぱいになり、

心だけじゃ止められず

身体中に染み渡っている。

脳みそにまで

それがいっぱいに染み渡り、

まさに汚染、という状態だと思う。

 

そんな感じだ。

自分を知ること②

私は自分のことを料理が上手なんだと思っていた。 

家族の夜ご飯をよく作るし、

なんとなくで作れちゃうし、

褒めともらうことも多かったし。

 

でも今日カレーを作ってみて

想像と違った味になってしまって

それがすごく受け入れられなかった。

味が甘くなりすぎて美味しくなかった。

なんとかして甘みを消そうと

ムキになった。

こんなはずじゃない、こんなはずじゃないって

こんなのが出来るはずじゃなかったんだって

いまもまだ、心の落とし所がわからない。 

 

 

私は料理すらも出来ないのか…と

酷く落ち込んだ。

何にそんな執着してるのかな、、

失敗が嫌なのかな…

時間が無駄になったことが嫌なのかな…

それかも、

今日作ろうって思ってて、計画してたのに

台無しになってしまったことだ…

しかもせっかくの休みを

カレーなんかに使ってしまって…

作りたくもないのに

しかも作って失敗して

あーあ…

 

自分を知ること

女だからって

私はかっこいい服が好きなんだから

私は私なの!

って昔は思っていて、

アイドルのような服や

ギャル系の服など

女らしい服を避けていた。

自分で似合わないって思ってたからなのかもしれないけど

とにかく女の子が

女の子女の子してるのが嫌だった。

女の子なのに。

学校では

化粧をしたり髪を染めたり

スカート曲げたり

香水つけたり

首元をおおきくあけたり

制服を可愛く着ている女子が

苦手だった。

でも今思えば

私もしたかった。

彼女たちからは女の子の雰囲気を

ふわっと身にまとって

女性という性別をしっかりこちらに意識させていた。

女の私でも意識させられて、

私は気が引けた。

自分の女性性をうまく受け入れられなかったのか、

わからないけれど。

当時は彼女たちに

羨ましい思いと

軽蔑の思いが

入り混じったはっきりしない感情を処理できなくて

私は押し込めていたんだと思う。

認めたくなかったのかもしれない。

自分におしゃれしたい、とか、可愛くしたい、とか、他の子よりも可愛くいたい、とかの感情を。

私は私だし、なぜ女の子らしくしなきゃいけないの?周りが同じようなロングヘアで前髪を斜めに分けた髪型になっていく中、私はずっとショートカットを選んだ。

そうやって不器用な自己主張をしていた。ほんとは人一倍周りから認められたかった。周りとはちがうことをして、私のことを見て欲しかった。

こんな私のことも可愛いっていって欲しかった。

周りとちがう、これが私だよ、すごいでしょ。女の子なのに髪の毛はショートだし、持ち物も人とはちがうものを持ってるし。

私は周りとは違うんだ、性別なんて気にしないし、って強がっていたのかな

 

 

 

 

 

人の役に立っているという気持ち

今日、

彼氏の起きる時間に合わせて

ラインをしてみたら

アラームを付け間違えてて

ラインで起こさなかったら

仕事遅刻していたようだった。

 

こんなわたしでも

人の役にたった。

その人の人生に

私が影響を与えた。

その人の生きる支えになった。

そう思ったら

私は生きる力が湧いてきた。

人が生きる上での

手助けができた。

あなたがいて私がいる、

というのはほんとのことだ。

人は支え合い、助け合いなんだな。

悩んでいるから、ではなくて

 

悩んでいるから何も手につかないんじゃなくて、

 

私が弱いからだ。

 

私弱いんだ…

私弱い

私は弱いから仕事もできない

言いたいことも言えない

家族も大事に出来ないし

人に優しくも出来てない

 

私は弱い

だからマウントも取りたくなる

 

弱いと認めることが出発点らしい。

 

なやんでもいいよとブッタは、いった。

を読んで。

 

学びがあります。

早く人間になりたい

人間ではあるんだけど

 

私はまだ

依存という状態から抜け出せてなくて

おそらく

誰かにどうにかして欲しいという

状態でフラフラ来ている。

だから、

精神が中学生みたい、だとか

子供のままで止まってる、だとか

私はまだ子供、みたいな発言が

出てくるんだろう。

 

昨日は疲れすぎて

私、自分の人生放棄してるなと

ふと思った。

自分で自分を充足させてあげられていない。

それが何故起こるのか

 

きっとネガティブな感情を感じるのを

避けて、押し込めていたからだと思う。

嫌なことを嫌だと言えない

自己主張ができない

そうして出来上がった私は

自分を自分で放棄している

生きながらに

自分の人生を諦めている

そんな人間になった。

だから毎日虚しいのか

だから毎日無気力なのか

だから自分の好きなものが分からないのか

 

自分の本心というものをもっと大事にすべきなのか。

確かに自己の確立はできてないから

依存から抜け出せば確立できるのか

 

まずは本心をきちんと感じることだな

生きているのか死んでいるのか

私の認識が多いに間違っている気がする。

普通の人は働いてて辛いことが起こったら対処して、また元気になれる。

友達もいるし、前向き。仕事が楽しい、

みたいな固定観念がわたしにはある。

 

これが私のおもう普通の大人。

自己評価が低すぎるせいか、

自分以外の人間は完璧で順調で過食嘔吐なんてしなくて両親との関係も良好で、自分の感情処理は自分で出来て、

世間知らずを脱出していて、ある程度モテて、合コンして、恋人作って、

仕事終わりは飲みに行ったりジムに行ったりして、職場のナカマやセンパイと話をして、週末は自分の趣味に費やしたり友達と遊んだり、資格の勉強したりキャリアアップのために努力する。

 

みたいな。

 

こんな社会人像って、リアル?

 

私は人付き合いが皆無だから

実際に普通というものを確かめる術が無い。

だから

私の頭の中での普通の人のイメージは、

ただの勝手に作り出したイメージであって、

真実かは分からないんよね

 

でも私は

他の人はこうなんだろうなって

他の同年代はこうなんだろうなって思って、自分と比べてがっかりしてしまう。

真実じゃないのに。

しかも、全員こんな順風満帆で前向きなわけないのに。

みんな、って日本人の中の同年代が

どんくらいいるのかも知らないのに、

私は勝手に

こんな風に働けてなくて燻ってるのは自分だけだ、情けない、

自分は置いていかれた、もう終わりだなんて思っているけど

実はこの考えこそ

認知の歪みなのかなぁ。

 

冷静に考えてみたら

正しくないもんね。

私一人一人を調査した訳じゃないし。

こんなにもネットの中では

働くのが怖い、社会に出るのが怖い、

鬱できつい、なんて人が溢れてるのに

現実に会ったことないから

実際いるのかを肌で感じ取ることが出来ないのもダメだよね。

ネットは便利だし

同じような人とつながれるけど

やっぱり現実でみて確認しないと

本当にいるの??って気になっちゃうなぁ

 

佐賀じゃ自助グループとか

あまり見かけないし、、、

 

認知の歪みには

気づけたかな、今日は。